オレは、この兄弟と住む世界が違うんだ・・・。
そう、自分に言い聞かせて声を殺してヨハンに聞いてみた。

「ヨハン・・・あの日の夜、どうやってラブソフトに侵入したんだ?」

あの時、オレは不動を撃っていない・・・。
デイビットから聞いていた依頼内容と、直接対峙した不動の印象があまりに異なり、躊躇って引き金を引けずにいた。 オレの背後から放たれた銃弾が不動の額を撃ち抜いたに違いない。
昨日、ヨハンたちに見つからないようワルサーを確認してみたが、オレの弾倉の弾丸は減っていなかった。

「ああ、何そんな事か。オレさ、あの日ラブソフトに居たんだ」
「そんな事あるか!あの日はホストコンピューターのメンテで誰もいない日だった筈だ!」

そんな筈はない。
思わず語気を荒めて聞き返すが、ヨハンはいたって冷静に答えてくる。

「へぇ〜、そうだったんだ・・・。いや、オレさあの日デイビットに呼ばれていたんだ」

えぇっ?
何故、ヨハンがデイビットに・・・?

「十代がいたフロアは誰もいなかったけど、一階の大広間ではCMの披露パーティーしていたんだ。オレ、出演者で呼ばれてたし・・・」

確かに、デイビットから聞いた話では『ホストコンピュータールームには不動しかいない』だった。
他のフロアには従業員がいるだろうから、天上院からサイレンサーを調達したのも確かだ。
でも、あの日、一階でそんなパーティーを開催していたなんて・・・。

「ちょっと酔いが回って席を外した時に十代に良く似た姿を見たもんだからさ・・・」

姿を・・・見られた?

「でも、危なかったな、十代。デイビットってお前みたいな強気で綺麗な女性を嬲るのが好きって業界では有名なんだ。十代の身に何もなくて・・・本当に良かった」
「あの後・・・デイビットは?」
「う・・・ん・・・。何でも・・・身を投げたらしいぜ。ビルの窓をブチ破って」

えっ?!

「俺も何だか後味悪くってさ…。十代を助け出すのに突き飛ばしちゃったから。そうしたら自殺だなんて」

不動は!?
不動の死体が横たわっていた筈だ!

「あぁ・・・、アレね。オレも見たよ。まぁ、関係者の話だと仕事関係の縺れからくる殺傷沙汰らしいから。デイビットはそれを悔やんで自殺したんじゃないかって噂になってる」


・・・。


「十代はデイビットに騙されて、利用されそうになっただけだ。もう忘れろよ・・・」

ヨハンは・・・、オレを宥めてくれるが・・・

「大丈夫、大丈夫だから・・・」

ヨハンの説明にも腑に落ちない疑問がいくつも残るが・・・。
その疑問を口にする事で何か大きな歪みを生み出してしまいそうで、ヨハンの瞳を見つめていると、これ以上、疑問を口には出来なかった。









ヨハンとユベルとの共同生活を始めて、今日で四日目を迎えた。
いつまでも、この生活を続ける訳にもいかないのに・・・。
飛び出す勇気もなく、オレは二人の好意に甘えてしまっている。
慣れ始めてきている三人での食事。



食卓に向かう途中、突然携帯電話の音が部屋中に鳴り響く。

「ん?あ、オレのだ」

ヨハンがズボンから携帯電話を取り出す。

「あぁ、先生?どうしたんだよ急に・・・。・・・うん。・・・うん。え?・・・あぁ・・・わかったよ・・・うん」

電話から漏れてくる高めの男性の声が、何かをしつこくヨハンに念押ししているのが聞こえる。

「うん・・・。・・・うん。・・・ごめんって。この埋め合わせはするからさ・・・。・・・な?」

困ったようにヨハンが電話の相手に向かって謝っている。
その様子を見て、ユベルがオレのシャツを引っ張ってくる。
ユベルの顔近くまで自分の顔を寄せると、オレにそっと耳打ちしてきた。

「今の電話ね・・・、アレきっとマネージャーの大徳寺だよ」
「マネージャー?」

聞き返すと、ユベルが大きく頷いた。

「今、ヨハン無理にオフ貰ってるから、大徳寺困ってるみたい」

無理にオフを貰ってる?
そういえば気にもしなかったが、ヨハンと暮らし始めて今日で四日目。
毎日、何らかのテレビに出ているヨハンがこの四日間はずっとオレと一緒に居た。
ヨハン・・・、無理して一緒にいてくれていたのか。

「ごめん、先生・・・。オレ、今大切な人が家に居るから・・・、また後で電話するよ。じゃ、バイバイ♪」

ヨハンは、まだ話していると思われる電話相手を強引に遮って切った。
鼻歌交じりでオレたちの場所に歩み寄って来るヨハンに確認する。

「ヨハン・・・、オレに付き合って無理に仕事休んでるのか?」

ヨハンは目線を外し、とぼけた様子で誤魔化した。

「ん?ん〜、そんな事ないぜ。ここんトコ忙しかったから休んでなかったんだ。ちゃんと事務所には了承貰ってるんだから十代もユベルも気にするなよ?」


・・・。
・・・・・・。


この生活を続けるには二人に負担を掛け過ぎる・・・。
迷うオレを察してか、ヨハンが食事を促す。

「ささ、ご飯食べちゃおうぜ。せっかくのユベルの手料理が冷めちゃったかな」

少しだけ冷めてしまった夕飯をいつものように三人で食べた。
食事中のヨハンとユベルの会話は相変わらず仲睦まじく、見ているだけで癒される。
食事を食べ終わって、一段落した頃・・・。

「あ、そうだ!この前買ったDVDでも皆で見ようか!?」

そういうとヨハンは、最近手に入れたという数枚のDVDを奥の部屋から持ってきた。

「フフン、良い事言うじゃないか♪今日は何の映画だい、ヨハン?」
「ははっ、それは見てからのお楽しみ・・・と」

ここには、普通の暖かな生活が充満している・・・。
普通の家庭であればどこにでもある、柔らかな空間・・・。

『こんな幸せも良いもんだな・・・』

ヨハンがリビングのDVDをセットしている横で無邪気にはしゃぐユベルの姿を眺めながら、ふと、そんな想いが頭を過ぎる。

「さ、二人とも座って座って・・・」
「ボクは真ん中!十代こっちこっち!」

リビングのテーブルからソファーに移り、オレはユベルの右側に腰を下ろした。
ユベルの左横にはヨハン。
オレたちはソファーに三人で並び、揃ってDVDを眺める。
ヨハンが用意したDVDはホラー映画だった。
ストーリーが進むとユベルがキャーキャーと騒ぎ、オレにしがみ付いてくる。
その時、突然インターホンの音が部屋に響いた。

「もう!いいトコロなのに誰だろう?」

ユベルが少しむくれて立ち上がった。

「あ、いいよユベル。・・・オレが出る」

ユベルを制して、ヨハンが立ち上がる。
『夜の来客にユベルみたいな可愛い男の子が出て行ったら危ないから』と、そう言いながら、ヨハンは玄関に向かった。 こんな時間に誰が来たんだろう・・・?

「だからさ・・・な?あ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっ!」

玄関の方から、ヨハンの焦った声が聞こえると、続いてドスドスと足音が近付いてくる。

「ちょっと、待ってくれよ!先生!」


・・・。
先生・・・?


リビングの入口に視線を送ると長い黒髪を後ろでゆったりと一つに縛った糸目の長身の男が入ってきた。

「さぁ、ヨハン君!そのヨハン君の大切な人とやらを先生に紹介してくれにゃ」
「もう、なぁ〜んで、いきなり来るんだよ、先生ってば・・・」

マネージャーさんはズリ下がった眼鏡を押し上げ、ヨハンを見上げる。

「先生はマネージャーなのにゃ!大切なヨハン君に悪い虫が付いたら一大事だからにゃ〜!」

そう言いながら、先生と呼ばれている男は部屋の中をキョロキョロと見回す。
独特の語尾を付けるその不思議な人に、自然と視線が釘付けになる。

「私は今日、社長に怒られちゃったにゃ。体調不良でお休みも今日で四日目だし、私自身としても心配していたトコロにゃ」

やっぱりヨハンは無理して仕事を休んでいたのか・・・。
マネージャーと名乗る男が夜分に訪問して来てるんだから間違いない。
ヨハンとその男のやり取りを眺めていると、その男とオレの目が合った。

「おや〜・・・???」

その男はヨハンを置き去り、オレの近くに歩み寄ってきた。